国の特別天然記念物「ライチョウ」は、古くから神の宿る奥山に棲み、神の鳥として崇められてきました。ライチョウが人を恐れない性格をもつ背景には、そんな日本固有の文化的背景があるようです。その愛くるしい存在に、一度出会うと誰もがファンになってしまうライチョウ。しかしこの鳥は今、気候変動による植生の変化や捕食動物の侵入などにより、絶滅の危機にあります。今回は、そんなライチョウについて知っておきたいことをまとめてみました。
乗鞍岳でも出会える「ライチョウ」について知っておきたいこと。
❶ライチョウってどんな鳥?
❷1年に3回抜け変わるライチョウの羽
❸ライチョウの生活
❹ライチョウの観察ルール
❺登山時の注意点
❻ライチョウ探しのヒント
❶ ライチョウってどんな鳥?
ライチョウが大陸から渡ってきたのは、旧石器時代。当時海水面は低く、大陸とはほぼ地続きでした。その頃、北アルプスは氷河に覆われていましたが、氷河が溶け始めて大陸に戻れなくなった彼らは取り残され、進化を遂げてきました。
そんな日本のライチョウは、世界のライチョウの中で一番南に生息しており、現在の生息域は、北アルプスと南アルプス、その周辺の高山、乗鞍岳、御嶽山に限られています。ライチョウは現在、野性での絶滅の危険が高い種類として環境省のレッドリスト「絶滅危惧ⅠB類」となっています。
❷ 1年に3回抜け変わるライチョウの羽
冬はオスメスともに真っ白、春は雄が黒、雌が茶色のまだら模様になります。秋くらいになるとオスメスともに灰色に変化していきます。(お腹と翼の色は一年中変わらず白いまま。)
こうして年に3回羽が抜け変わるのは、季節に合わせて周りの景色にとけ込み、天敵(猛禽類やキツネ・テン・オコジョ・カラスなど)に見つかりにくくするためと言われています。防御力がない分、保護色で身を守っています。



❸ ライチョウの生活
春
冬の間は標高の低い場所にいたライチョウが、高山帯へ戻ってきます。雪解けが進むとオスは縄張り争いを開始。4月中旬頃につがいになり、メスは5月末から6月上旬に卵を産んで、オスは縄張りを警護します。
夏
夏前には羽毛が抜け変わり、オスとメスの区別がはっきりつくように。オスは卵が孵化すると、縄張りの警護をやめて単独で過ごすようになります。一方で、母親は雛を育てるのに大忙し。生後一か月ほど、ひなは自ら体温調節ができないため、母親のおなかの下で温めてもらいます。捕食者に狙われやすいのもこの頃で、雛が成長に育つのは10羽に1羽とも言われています。
秋
親とほとんど変わらない若鳥になったライチョウは親から独立して群れをつくり始め、オスメスともにくすんだ秋羽に生え変わります。
冬
真っ白の羽に変わります。高山帯で餌がとれなくなるため森林限界まで下りてきて生活するようになります。ダケカンバの冬芽などを餌にして、時には雪に潜って厳しい冬をしのぎつつ、群れでじっと春を待ちます。
❹ ライチョウの観察ルール
日本のライチョウは人を恐れませんが、ストレスを受けやすいので、観察する際に必ず守りたいルールがあります。
基本ルールは、以下のとおりです。
1.そっと静かに見守ろう
むやみに近づいたり追い回したりすることはライチョウにとって大きなストレス。
子育ての時期、母親はヒナへ声で合図をしているので、大声も厳禁です。
2.距離をとろう
基本的には5m以上の距離をとりましょう。
多くの人で取り囲まないように注意し、ライチョウが動きたい方向に行けるよう配慮してください。
3.表情に注意しよう
通常状態:盛んに高山植物をついばんでいます。
少しストレス:あたりをきょろきょろ確認しています。
かなりのストレス:首をすくめて警戒声を出したり、メスが片翼を広げ、けがをしたように見せながら人に近づいてきたり(偽傷行動)します。
❺ 登山時の注意点
ライチョウがいつまでも暮らせる自然を守るために、私たち登山者ができることは…?
観察ルールを守ることに加えて、以下の登山時の注意点を心に留め、皆で実践したいと思います。
1.決められた道を歩く
禁止の立て札やロープが張られていなくても歩道以外は立ち入らない。
2.ライチョウを見かけても追いかけない
ライチョウと距離をとり、彼らの行く手を阻まない。巣に戻れず卵が冷えてしまうことも。
3.高山植物を採らない
高山植物も氷河期の生き証人。ここでしか育たない植物です。大切にしましょう。
4.トイレは決められたところで
し尿に含まれた大腸菌などにより高山帯の動植物に影響を与えることがあります。
5.登山靴の裏は完全にきれいにしてから入山
生態系を守るため、他山域の種子や雑菌を必ず落として入山しましょう。
❻ ライチョウ探しのヒント
乗鞍岳に行けばいつもいつもライチョウに出会えるわけではないのですが、できることなら会いたい!と誰もが思いますよね。ライチョウと出会う確率が高まるヒントをまとめました。
1.鳴き声
ライチョウのオスは縄張りを主張したりするときに「ゲー、ガッガー」とよく鳴きます。
ヒナを連れたメスも、ヒナとコミュニケーションをとるために「クークー」と頻繁に鳴きます。
登山中に耳を澄まして、鳴き声がしたら辺りを見渡してみてください。
2.生活痕
ライチョウの生活の痕跡を探してみましょう。特にフンが分かりやすいです。
ウサギの糞を細長くしたような形をしており、茶色い乾いたものは古いものですが、
やや緑がかっていれば新鮮なもの。またライチョウはよく砂浴びもします。
新鮮なフンや砂浴び痕を見つけたら、近くにライチョウがいるかもしれません。
3.ライチョウを見つけやすい時間帯
ライチョウが最も活発に活動するのは、早朝と夕方。
朝は日の出から2~3時間。夕方は日の入りまでの2~3時間が観察しやすい時間帯です。
気候変動による植生の変化や、高山帯に進出してきた里山の動物などによって絶滅が心配されているライチョウですが、その大元にあるのは人間の活動。ライチョウ保護への取組みは待ったなしの状況です。
より詳しくは、日本アルプスガイドセンターと環境省がライチョウについて知識を深め、正しい行動をとることができるようにと発行した「ライチョウ観察ルールハンドブック」を見て学んでみることをおススメします。
自然への畏敬の念を胸に、一緒にライチョウを守っていきましょう。